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ココだけ!2017.3.24

『R-1ぐらんぷり 2017』王者、アキラ100%が恩師と語る「SMAじゃなければ、この結果はなかった」

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お笑い芸人、アキラ100%が2月28日に放送された『R-1ぐらんぷり2017』(フジテレビ系、以下『R-1』)にて決勝戦を勝ち抜き、見事グランプリを受賞。過去最多エントリーとなる3,792人の頂点に立ちました。昨年度の同番組で優勝したハリウッドザコシショウに続き、ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)所属芸人が2年連続で「ひとり芸日本一」タイトルを獲得する快挙となります。
42歳にして一躍、時の人となったアキラ100%本人と、彼を長年に渡り見守ってきた、お笑いプロジェクト「SMA NEET project」を統括する平井精一さん(SMAビジュアルエンタテインメント本部 平井(精)オフィス次長)に、それぞれの思いや喜びを存分に語っていただきました。


嬉しさがこみ上げてきそうだったのに、ものすごい速さで怖さが追い越していきました

――優勝おめでとうございます。一夜にして50本以上の仕事のオファーがあったとお聞きしていますが、率直な感想はいかがでしょうか。
アキラ100% 去年は1年分をトータルしても50本に届かないくらいの仕事量でしたので、単純にありがたく、嬉しいですね。それだけにもちろん、怖さもあります。実はようやく今朝、録画した『R-1』を確認できたんですよ(※今回の取材は生放送の翌々日に行われた)。現場でも翌日の仕事でも、正直まだ気持ちが追いついていなくて、消化できていないところがあったんです。録画を観る過程で、嬉しさがこみ上げてきそうだったのに、ものすごい速さで怖さが追い越していきました(苦笑)。

――その「怖さ」とはどこからやってくるのでしょうか。
アキラ100% それはもう、自分がこの期待にちゃんと応えられるのかというプレッシャーです。お笑いが好きですから、バラエティ番組もよく観ていますが「もしこの番組に出ることができたら、自分はどのあたりに座ってどんな発言をするのか」と薄ら想像するじゃないですか。それが、急速に現実味を帯びてきて。トークライブもあまり経験していない、キャッチーな一発ギャグもない、どうしよう、という。
平井精一さん(以下、平井) 彼のトークも好きですよ。すべらない話じゃないけど、ひとつの塊、まとまりとして話がきちんとできるので、そこはさほど心配していません。ただ、バイきんぐの小峠のような瞬発力があるかというと、そこはもう少し磨かないといけないかなあ。アキラ100%は1回、飲み込んで考えてしまうところがあるんですね。何でもいいからスッとまず返す、それがテレビでは特に大事かなと思います。


アキラ100%と同じくSMA NEET Projectに所属するバイきんぐ
(左:小峠英二、右:西村瑞樹)は『キングオブコント2012』の王者

アキラ100% ライブでいくらウケていても、ネタ以外の部分がテレビで通用するかどうかは未知数。テレビでの笑いの肝心なところは、どうしても実際にテレビに出てトライを続けることでしか身につかないんじゃないかという気もしています。ある個性をゴリ押しするより、FCバルセロナのサッカーじゃないですけど、パパパッとパスをつなぐ技術の方が求められているんじゃないかとも思えますし。
平井 アキラ100%にここで言っておきたいのは、もしかしたら、本当に芸人として1番おもしろい時期というのは、『R-1』で優勝する前夜までだった、ということもあり得るということ。いろいろな芸人さんを見てきていますが、売れたら売れたで、おもしろいぐらいに、みんな次々に階段というか、新たなハードルが現れるんですね。その先は、もうハードル越えがひたすら続く。そういう意味では、お金はないかもしれないですけど、プレッシャーも感じずに、みんなと喧々諤々、お笑いについて自由に語ったりしていた時代がすぐに懐かしく思えるかもしれませんね。

才能があっても頑固なやつは、なかなか売れない

――平井さんが2004年暮れに立ち上げたお笑い芸人発掘・育成の「SMA NEET Project」にアキラ100%さんが参加した当時のことは覚えていますか。
平井 アキラ100%は2005年の夏頃からかな。ネタ自体はさすがに覚えていませんが、鍛えればいずれ戦力になるだろう、という枠には当時から入っていました。野村監督じゃないですけど、脚が速いか肩が強いかは天性のものというのと同じように、芸人として、演技力がある、きちんと発声できて言葉が届くという能力がすでに備わっていました。さらに、舞台での振る舞い方、発声や動きについてもちゃんと計算ができる。言い換えれば、自分を客観視できるというのはある種の才能なんですよ。アキラ100%はきちんと他人の意見を聞く耳を持っている。これはとても大事なことです。本来は頑固なはずですが、実はお笑いに対して慎重なタイプであるがゆえに、他人の話を懸命に聞いているのかもしれませんが(笑)。

アキラ100%
 確かに、そういう意味での妙な思い込みや自負はないですね。お笑いをやっている人は、ネタじゃなくても有名になれる、ツッコミがうまいとか人をいじれるとか、そういう自信を持っている人も多いのですが、僕はとにかくネタをきっちり作って、舞台やテレビで披露したいという思いがどちらかといえば強くて。スポンジじゃないですけど、こうしてみたら、というアドバイスや意見はどんどん受け入れながらやってきたところはあります。
平井 20代は指導・指南を受け入れてこそ伸びる。30代は勇気を出してがんばる。40代はもう覚悟でがんばる。50代は…もう若手とベテランの調整役とかになっていてほしい(笑)。才能があっても頑固なやつはなかなか売れないんですよ。それより、柔軟な思考で周囲の意見を取り入れる人間のほうが、時代感を正確に捉えることができるように思います。これはお笑いに限らず、実社会でもそうでしょう。
アキラ100% アドバイスといえば、『R-1』決勝に進出するにあたって、番組の構成作家さんに「2本目はどうするか」という話をされて。同じテイストのものを続けるか、コントをやるか、ちょっと自分でも迷ったことがありました。平井さんにも相談すると、勢いはついているはずだから、2本目は入り方をきちんと考えたほうがいい、導入を工夫したら、と助言をもらいました。そのおかげで、当日に結果を出すことができたのだと思います。
平井 2本目は冒頭で笑いをとってほしいというのは伝えましたね。登場して1、2秒で笑いを起こしてほしいと。楽屋でモニターを見守っていたら、実際に笑いが起きていて、これはいけるんじゃないかと確信に似たものを感じました。決勝当日は、いっさい声をかけなかったんですけどね。一緒に出場していたマツモトクラブには、ファイナル出場3回目ということもあったので「お前にはあえて言う、がんばれ」と声をかけましたが(笑)。


今回アキラ100%とともに『R-1』の決勝戦に出場したマツモトクラブも、
SMA NEET Project所属

 

ダウンタウンのお二人に笑ってもらえたのが大きかった

――それにしても、生放送でのいわゆる裸芸「絶対見せない de SHOW」にはある種の異様な緊張がありました。今までのどこか保険がかかっていた裸芸とはちょっと違うスリルがありますよね。
アキラ100% 自分でも、よくテレビに出られたなと思いますよ。しかもそれを女性の方々も笑ってくれて、よく受け入れてくださったなあと、不思議でもある。真面目な話、裸がヒワイに見えるかどうかというのは、かなり大きなポイントだと思います。僕の場合、いわゆる平均値というか、普通の中肉中背のおじさんがやっているから成立する部分もあって。これでもし、凄くセクシーな身体をしていたらまた話は別。たまたまスポーツクラブの店舗スタッフでバイトを長くやってきて、筋肉や身体を意識する機会が多かったというのも、プラスに働いているのだと思います。
平井 2015年に、ダウンタウンさんの『ガキの使いやあらへんで!!』内の「山-1グランプリ」という企画に呼んでいただいたことが、明らかに転機になったよね。
アキラ100% あそこでダウンタウンさんをはじめとする多くの芸人さんたちに笑ってもらったことで「これは笑っていいんだよ」という発信をしてもらえた。正直なところ自分でもバカバカしい芸だと思いますし、世間の印象もなにも、それ以前の仕事のオファーはピンになってからは1回しかありませんでしたから。(注:2005年よりお笑いコンビ『タンバリン』として活動。2010年の解散以後、ピン芸人に)それで当時すでに40歳。よし、これからたくさんネタを作ってがんばろう、という歳でもないわけで。ですから、これで笑ってもらえるなら、もうこれでいこうと腹をくくりました。ダメ元という感覚ですね。普通に服を着たコントでダウンタウンのお二人を笑わせる自信なんて今もないです(笑)。

SMAじゃなければ、この結果はなかった

――なぜ、音楽系のイメージが強いSMAを選んだのですか?
アキラ100% たまたま芸人を募集しているのを知ったのがきっかけですが、当時はそんなに所属する芸人さんもいなかったし、本当にあのソニーが募集しているの? と疑っていたところも実はあります(笑)。ただ、入ってみると、他の事務所で活動していた人たちが集まった感じで、どこか傷を抱えた連中ばかり。だから、みんなすごく優しいんです。“SMAはどこでもダメだった奴らが最後に集まるところ”なんて揶揄された時期もありましたが、むしろココじゃなかったら、もっと小ズルい芸人になってしまっていたというか、SMAにいたから売れたという人ばっかりだと思うんです。SMAは、他の事務所では規格外の野菜と言われるような、凹凸のある野菜ばっかりが揃った事務所ですが、それが一緒に集まると、ポンと跳ねる。今回はたまたま優勝できましたが、それも、泥をすすってきた芸人さんたちの血を少し分けてもらえたからかな、と。ここじゃなければ、この結果はなかったと思っています。
――SMAのカラーも出てきているように感じますね。
平井 昨年の王者、ハリウッドザコシショウもそうですが、ドリフ的な笑いの基本に回帰しているという部分はあるかもしれません。アキラ100%の場合も、宴会芸という意味では、そのへんの日常に落ちていることをブラッシュアップして披露している。自分が好きなことをやってるだけじゃダメなんですよね。誰でもすぐ分かる設定や、日常の中でのちょっとしたズレをいじるとか、一見さんでもわかるようにネタを磨いていくのはすごく大事な作業だと思います。そこは所属の芸人たちに繰り返し伝えている部分。ただ、あまりそれを強調しすぎて、新しい発想や尖った部分、でこぼこした部分を研磨しすぎても、おもしろくないので、難しいですけど。
――今後の抱負などをお聞かせください。
アキラ100% 裸で、行けるところまで行きたいです(笑)。街ぶらロケなどで対応が必要なら、最小限はフォローするにしても、別に服は着なくていいですよ、という仕事なら、できる限り服は着たくないです。あとは、これまで通りネタを作りライブも続けます。どんな仕事をするにしろ、ライブはずっと続けていくつもりです。ただし、あいつソニー系の事務所らしいぜ、と僕ひとりのせいでソニーが非難されたら本当に申し訳ないので、お盆だけはしっかり落とさないようにしたい。がんばってホールドしていきたいと思います!
平井 彼は30歳になるまで舞台でお芝居をやっていた人ですから、もしかすると役者としても活動を広げていくことができるかもしれません。これは個人的なテーマの1つでもあるのですが、俳優をしっかりマネジメントしたことがないので、やってみたいというのも少しある(笑)。でも、ライブを大事にするという覚悟は頼もしいですね。人生は風が吹かない時もありますが、ステージに立って、ネタで3分、4分でも人を笑わせることができたら、また浮上できるはず。「君は何ができる?」と聞かれて、芸ができる。それが芸人ですから。

 



AKIRA100%
1974年8月15日生まれ、埼玉県秩父市出身、本名 大橋彰。駿河台大学を卒業し、中学の社会科と高校の公民の教員免許を持っている。趣味はスノーボード、テニス、将棋、写真撮影など。
※公式Twitter https://twitter.com/akira100p
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